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1922年はファシスト党の政権獲得、1946年は日本国憲法の公布です。「地平用戦争」は「太平洋戦争」、1945年の労働組合法は「制定」として登録しています。
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欧米の近代革命と国民意識
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カトリック教会の頂点に立ち、大きな権威を持っていた首長。
ポイント中世ヨーロッパでは国王をしのぐほどの力を持ち、十字軍の派遣を呼びかけたのも教皇だった。
7世紀にアラビア半島に成立し、ペルシャや北アフリカなどを支配した国。
ポイントムハンマドが開いたイスラム教のもとで勢力を広げ、数学や天文学などの学問も大きく発達した。
聖地エルサレムをイスラム勢力から奪回するために組織された軍隊。
ポイント11世紀末から約200年にわたってくり返し派遣されたが、聖地の支配は続かず、遠征は失敗に終わった。
イタリアから広がり、古代ギリシャの文化を手がかりに人間らしさを表現した文芸復興の動き。
ポイント「再生」という意味。レオナルド・ダ・ビンチの「モナ・リザ」などの作品が生まれた。
16世紀、ルターやカルバンがローマ教会を批判して始めた改革運動。
ポイント1517年、ルターが免罪符(贖宥状)の販売を批判したことから始まった。
ルターらの教えを支持したキリスト教徒。
ポイント「抗議する者」という意味。カトリック側はこれに対抗してイエズス会をつくり、海外への布教を進めた。
キリスト教を広め、アジアの香辛料などを求めてヨーロッパ人が世界に進出した時代。
ポイント15〜16世紀、スペインとポルトガルが先頭に立って新しい航路を開いた。
他国から移住した人々が先住民を支配した地域。
ポイントアメリカ大陸ではスペインが先住民を鉱山や農園で働かせ、多くの人が犠牲になった。
17世紀にオランダがアジアへ進出するために設立した会社。
ポイントイギリスも1600年に設立した。オランダは江戸時代、長崎の出島で日本との貿易を続けた。
1498年、アフリカ南端を回り、海路でインドに到達した人物。
ポイントポルトガルの航海者。この航路で、ヨーロッパはアジアの香辛料を直接手に入れられるようになった。
1492年、大西洋を横断してカリブ海の島に到達した人物。
ポイントスペインの援助を受けて西回りでインドを目指したが、着いたのはアメリカ大陸近くの島だった。
1522年、初めて世界一周を成し遂げた船隊を率いた人物。
ポイントマゼラン自身は途中のフィリピンで戦死し、残った部下が航海を続けて世界一周を達成した。
1543年、種子島に漂着したポルトガル人によって日本に伝えられた武器。
ポイント堺(大阪府)や国友(滋賀県)などで大量に作られ、戦い方や城のつくりを大きく変えた。
1549年、日本に初めてキリスト教を伝えたイエズス会の宣教師。
ポイントスペイン出身。鹿児島に上陸し、山口や京都などで布教した。
堺や長崎などでポルトガル人やスペイン人と行った貿易。
ポイント日本は主に銀を輸出し、生糸・鉄砲・火薬などを輸入した。
足利義昭を京都から追放して室町幕府を滅ぼした尾張の戦国大名。
ポイント1573年に室町幕府を滅ぼし、琵琶湖のほとりに安土城を築いた。
織田信長が鉄砲を有効に使い、武田勝頼の騎馬隊を破った戦い。
ポイント1575年、織田・徳川の連合軍が足軽の鉄砲隊を活用して勝利した。
織田信長が城下で行った、税の免除や座の廃止によって商工業の発展を図った政策。
ポイント安土の城下町などで行われた。関所も廃止して、人や物の行き来を自由にした。
1582年、織田信長に背き、京都の本能寺で信長を自害に追い込んだ人物。
ポイント本能寺の変の直後、山崎の戦いで羽柴(豊臣)秀吉に敗れた。
明智光秀を倒し、1590年に全国統一を完成させた人物。
ポイント大阪城を本拠地とし、晩年には朝鮮へ2度大軍を送ったが失敗した。
織田信長と豊臣秀吉によって全国統一が進められた時代。
ポイント信長の安土城と、秀吉の伏見城があった桃山の地名から名づけられた。
豊臣秀吉が全国の田畑の面積や土地の良し悪しを調べ、予想収穫量を石高で表した政策。
ポイント全国でものさしやますを統一し、耕作する百姓を検地帳に登録して年貢を納めさせた。
一揆を防ぐため、百姓や寺社から刀・弓・鉄砲などの武器を取り上げた政策。
ポイント1588年に刀狩令が出された。表向きは、大仏を造るために武器を集めるという理由だった。
検地や刀狩によって、武士と百姓の身分の区別が明確になったこと。
ポイント武士は城下町に住み、百姓は農村で農業に専念するという身分のしくみが固まった。
「唐獅子図屏風」などの華やかな絵を、ふすまや屏風などに描いた人物。
ポイント安土城や大阪城のふすま絵も手がけた、豪華な桃山文化を代表する画家。
茶の湯で、質素なわび茶と呼ばれる芸能を完成させた人物。
ポイント堺の商人出身。信長や秀吉に仕えたが、最後は秀吉の命令で自害した。
戦国時代から安土桃山時代に、宣教師や外国商人が伝えたヨーロッパ文化の影響を受けた文化。
ポイントパン・カステラ・カルタなどの言葉や、天文学・医学・活版印刷術が伝わった。
関ヶ原の戦いに勝ち、全国支配の実権をにぎった人物。
ポイント1600年の関ヶ原の戦いで石田三成らを破り、1603年に江戸幕府を開いた。
1603年に徳川家康が天皇から任命された官職。
ポイントもとは東北の蝦夷を討つための役職。鎌倉・室町・江戸の各幕府の長がこの職についた。
徳川家康が新たに江戸に開いた幕府。
ポイント将軍と大名が土地と人々を支配するしくみを幕藩体制といい、約260年続いた。
古くから徳川家の家臣であった大名。
ポイント江戸の近くや重要な地域に配置され、老中など幕府の重要な役職についた。
関ヶ原の戦いのころから徳川氏に従うようになった大名。
ポイント江戸から遠い地域に置かれて監視された。薩摩藩の島津氏や長州藩の毛利氏などがいる。
将軍が任命し、政治の運営を行った幕府の常設の最高職。
ポイントふだんは4〜5人が置かれ、月ごとに交代で政治を担当した。臨時の最高職として大老がある。
幕府が大名を統制するため、将軍の代替わりごとに出した法律。
ポイント城の無断修理や大名どうしの無断の結婚を禁止し、違反した大名は取りつぶされることもあった。
大名に1年おきに領地と江戸を往復することを義務づけた制度。
ポイント妻子は江戸に住まわされ、行列や江戸での生活の費用は藩の財政を大きく圧迫した。
参勤交代の制度を定めた、江戸幕府の第3代将軍。
ポイント武家諸法度に参勤交代を加え、ポルトガル船の来航を禁止するなど鎖国の体制を固めた。
江戸時代に全人口の約85%を占めた身分。
ポイント村の有力な百姓が庄屋(名主)などの村役人になり、村の自治を行った。
百姓が幕府や藩に納めた税。
ポイント主に米で納め、収穫の40〜50%にのぼることもあった(四公六民・五公五民)。
年貢の納入や犯罪の防止に連帯責任を負わせるため、村に作られた制度。
ポイント5戸前後を一組にして、互いに監視させ、責任を共同で負わせた。
徳川家康が貿易を望む大名や豪商に発行した、日本船の渡航を許す証書。
ポイント朱色の印が押された許可証で、これを持つ船は海外でも保護された。
朱印状を持った船が東南アジアなどで行った貿易。
ポイントルソン(フィリピン)やシャム(タイ)などに渡り、生糸などを輸入して銀を輸出した。
朱印船貿易で移住した日本人が、東南アジアの主な港や都市に作った町。
ポイントシャムのアユタヤでは山田長政が活躍した。鎖国で日本人の出入国が禁止されると衰えた。
ポルトガル人を管理するため、長崎に築かれた人工の島。
ポイント1641年からはオランダ商館が移され、鎖国中のヨーロッパとの唯一の窓口となった。
1637年、キリスト教信者への弾圧などに苦しむ人々が九州地方で起こした一揆。
ポイント天草四郎(益田時貞)を大将に立てた。幕府は鎮圧後、キリスト教の取りしまりをさらに強めた。
幕府が禁教・貿易統制・外交独占を政策とした体制。
ポイント長崎でオランダ・中国、対馬で朝鮮、薩摩で琉球、松前でアイヌと交流する「四つの窓口」があった。
将軍の代替わりなどに、朝鮮から派遣された使節。
ポイント対馬藩の宗氏の仲立ちで国交が回復し、江戸時代を通じて12回来日した。
将軍や琉球国王の代替わりなどに、琉球王国が江戸幕府へ派遣した使節。
ポイント琉球王国は1609年に薩摩藩に攻められて支配されたが、中国への朝貢も続けた。
17世紀後半、松前藩との不平等な交易に不満を持ち、反乱を起こしたアイヌの中心人物。
ポイント1669年に戦いを起こしたが敗れ、アイヌの人々は松前藩にいっそう厳しく支配されるようになった。
年貢米の収入を増やすため、幕府や藩が沼地や海を干拓して進めた取り組み。
ポイント18世紀初めには、耕地面積が豊臣秀吉のころの約2倍に増えた。
棉や菜種など、商品として売ることを目的に栽培された作物。
ポイント備中ぐわ・千歯こきなどの農具や、干鰯などの肥料も広まり、農業生産が高まった。
幕府が各地の銭座で大量に造らせ、全国に流通させた銅銭。
ポイント1636年から造られた。金貨・銀貨とともに全国で使われた。
江戸・大阪・京都の三つの都市の総称。
ポイント江戸は「将軍のおひざもと」、大阪は「天下の台所」、京都は朝廷や寺社がある文化の中心だった。
諸藩が大阪などに置き、年貢米や特産物を販売した倉庫を備えた施設。
ポイント大阪に多く集まり、大阪が「天下の台所」と呼ばれる理由となった。
幕府から営業の独占を認められる代わりに税を納めた、商人の同業者組合。
ポイント田沼意次は株仲間を奨励し、水野忠邦は物価を下げるために解散させた。
江戸と京都・大阪を結ぶ東海道や中山道など、主要な五つの街道。
ポイント東海道・中山道・甲州道中・日光道中・奥州道中の五つ。宿場や関所が置かれた。
大阪から江戸へ、太平洋沿岸を通って荷物を運んだ航路。
ポイント菱垣廻船や樽廻船が、大阪から江戸へ木綿・しょう油・酒などを運んだ。
東北・北陸地方の年貢米を、日本海沿岸から瀬戸内海を通って大阪へ運んだ航路。
ポイント河村瑞賢が整備した。東北から太平洋側を通って江戸へ運ぶ東廻り航路もある。
社会の秩序を重視し、生類憐みの政策などを行った江戸幕府の第5代将軍。
ポイント学問を重んじて湯島に聖堂を建てた。生類憐みの令は極端な動物愛護で人々を苦しめた。
徳川綱吉が奨励した、主従関係や上下関係を重視する儒学の一派。
ポイント幕府の正式な学問とされ、のちに昌平坂学問所でも教えられた。
18世紀初めに「正徳の治」と呼ばれる政治を行った学者。
ポイント貨幣の質をもとに戻し、長崎貿易を制限して金銀の海外流出をおさえた。
俳諧の芸術性を高め、「奥の細道」などをまとめた人物。
ポイント東北・北陸を旅して俳諧をよみ、元禄文化を代表する人物となった。
町人社会の義理や人情などを題材に、人形浄瑠璃の脚本を書いた作家。
ポイント「曽根崎心中」などの作品が大阪で人気を集めた、元禄文化の代表的な作家。
歌舞伎役者や町人の暮らし・風俗を描き、版画でも制作された絵画。
ポイント菱川師宣が始め、のちに鈴木春信が多色刷りの錦絵を広めた。
紀州藩主から江戸幕府の第8代将軍となり、幕政改革を行った人物。
ポイント「米将軍」と呼ばれ、目安箱を設けて庶民の意見を聞いた。
徳川吉宗が1716年から行った幕府の政治改革。
ポイント上げ米の制で大名に米を納めさせ、新田開発を進めて幕府の財政を立て直そうとした。
裁判の基準を示すため、徳川吉宗が定めた法律。
ポイント過去の判例をもとにまとめられ、公正な裁判を目指した。
18世紀ごろから広まった、問屋が農民に織機や資金を前貸しして製品を安く買い取る仕組み。
ポイント19世紀には、工場に人を集めて分業で生産する工場制手工業(マニュファクチュア)も始まった。
農村の人々が団結し、領主に年貢の軽減や不正な役人の交代などを求めた運動。
ポイントききんの年に多く起こった。中心人物がわからないよう、からかさ連判状に円形に名前を書くこともあった。
都市の人々が、米を買い占めた商人などを襲ったこと。
ポイント天明のききんなどで米の値段が急に上がったとき、江戸や大阪で多く起こった。
18世紀後半に株仲間を奨励し、長崎貿易を活発化させた老中。
ポイント商人の経済力で財政を立て直そうとしたが、わいろが横行し、天明のききんもあって失脚した。
幕府財政の立て直しと政治の引き締めを目指し、寛政の改革を行った老中。
ポイント旗本や御家人の借金を帳消しにし、ききんに備えて米をたくわえさせた。
幕府の命令で樺太を調査し、樺太が島であることを確認した人物。
ポイント樺太と大陸の間の海峡は「間宮海峡」と呼ばれる。
「古事記伝」を著し、日本古来の伝統を評価する国学を大成した人物。
ポイント国学は、のちに天皇を尊ぶ考えや幕末の尊王攘夷運動に影響を与えた。
前野良沢らと「解体新書」を出版し、蘭学の基礎を築いた人物。
ポイントオランダ語の解剖書「ターヘル・アナトミア」を翻訳した。
全国の海岸線を測量し、正確な日本地図を作った人物。
ポイント50歳を過ぎてから天文学や測量を学び、17年かけて全国を歩いて測量した。
「東海道中膝栗毛」などの滑稽本を著した人物。
ポイント化政文化を代表する作家。弥次さん・喜多さんの旅の物語が人気を集めた。
「富嶽三十六景」などの優れた風景画を残した浮世絵師。
ポイント西洋の画家ゴッホなどにも影響を与えた。同じころ、歌川広重が「東海道五十三次」を描いた。
町や農村で庶民の子どもに読み・書き・そろばんなどを教えた施設。
ポイント藩は武士の子のために藩校をつくった。寺子屋の広まりで庶民の読み書きの力が高まった。
1825年、日本沿岸に近づく外国船を撃退するよう命じた法令。
ポイントこれを批判した渡辺崋山・高野長英は処罰された。アヘン戦争で清が敗れると、1842年に方針が緩められた。
天保のききんで苦しむ民衆を救うため、大阪で反乱を起こした幕府の元役人。
ポイント1837年に乱を起こした。元役人による反乱は幕府に大きな衝撃を与えた。
株仲間を解散させるなど、1841年から天保の改革を行った老中。
ポイントぜいたくを禁止し、江戸・大阪周辺を幕府の直轄地にしようとしたが、反対を受けて失敗した。
社会契約説や抵抗権を主張し、革命に大きな影響を与えたイギリスの政治思想家。
ポイント「統治二論」を書いた。モンテスキューは三権分立、ルソーは人民主権を説いた。
クロムウェルの指導で勝利した議会側が国王を処刑し、共和政を始めた革命。
ポイント1640年代に起こった。ピューリタン(清教徒)が議会側の中心だった。
1688年から1689年に起こり、「権利章典」を定めて立憲君主制と議会政治のきっかけとなった革命。
ポイント血を流さずに国王を交代させたことから「名誉」革命と呼ばれる。
1776年、独立戦争を起こした北アメリカの植民地側が発表した宣言。
ポイント本国イギリスが植民地に新たな税をかけたことへの反発が、独立戦争のきっかけとなった。
独立後のアメリカで制定され、人民主権や三権分立を定めた憲法。
ポイント1787年に制定された。三権分立はモンテスキューの思想の影響を受けている。
独立戦争で最高司令官を務め、アメリカの初代大統領となった人物。
ポイント首都ワシントンD.C.は、彼の名前にちなんで名づけられた。
1789年、絶対王政への不満からパリで始まった革命。
ポイント7月14日、民衆がバスチーユ牢獄を襲撃したことから始まった。
フランス革命で出され、自由・平等・国民主権・私有財産の保護などを唱えた宣言。
ポイントロックやルソーの思想の影響を受け、人は生まれながらに自由で平等な権利を持つとした。
フランス革命後、1804年に皇帝となり、人権宣言を踏まえた民法典を定めた人物。
ポイントヨーロッパの大部分を支配したが、ロシア遠征に失敗して没落した。
ナポレオン退位後のフランスで確立された、一定年齢のすべての男性に選挙権を与える制度。
ポイントフランスでは1848年の二月革命の後に導入された。日本で男子の普通選挙が実現したのは1925年。
19世紀半ばのイギリスで発達した、議会で多数を占める政党が政権を担う政治。
ポイント選挙で選ばれた議会の多数党が内閣をつくるしくみ。日本では原敬内閣が本格的な政党内閣とされる。
プロイセンの宰相として「鉄血政策」を進め、ドイツ統一を実現した人物。
ポイント1871年にドイツ帝国が成立した。大日本帝国憲法はドイツ(プロイセン)の憲法を参考にした。
19世紀のロシアが不凍港などを求め、積極的に領土を広げようとした政策。
ポイント日本はロシアの南下を警戒して日英同盟を結び、日露戦争へとつながった。
奴隷制や貿易をめぐる対立から、1861年にアメリカで始まった内戦。
ポイント工業が発達し保護貿易を求める北部と、綿花の輸出のため自由貿易と奴隷制を求める南部が対立した。
南北戦争で北部を指導して勝利し、奴隷解放を行ったアメリカ大統領。
ポイントゲティスバーグで「人民の、人民による、人民のための政治」と演説した。
18世紀後半にイギリスで始まった、生産技術の向上による経済の仕組みの変化。
ポイント蒸気機関で動く機械で綿織物を大量に生産し、イギリスは「世界の工場」と呼ばれた。
資本家が労働者を雇い、利益拡大を目的に競争しながら自由に生産・販売する経済の仕組み。
ポイント産業革命によって広まった。一方で、長時間労働や子どもの労働などの問題が生まれた。
資本主義で生じた貧富の格差を解決するため、19世紀のヨーロッパで芽生えた考え方。
ポイントマルクスらが唱え、生産手段を社会で共有して平等な社会を目指した。のちのロシア革命につながる。
19世紀前半、イギリス・清・インドの三地域の間で行われた貿易の方法。
ポイントイギリスは清から茶を買い、インドのアヘンを清へ密輸して、支払った銀を取り戻した。
アヘンの取り締まりをきっかけに、1840年にイギリスと清の間で起こった戦争。
ポイント清の林則徐がアヘンを没収・処分したことにイギリスが反発した。近代的な軍備のイギリスが勝った。
アヘン戦争の結果、勝利したイギリスが清と結んだ講和条約。
ポイント1842年。清は香港をイギリスにゆずり、上海など5港を開いた。
アヘン戦争後、重税などに反対して清の各地に広がった反乱。
ポイント洪秀全が指導し、1851年に始まった。
イギリスが植民地化を進めたインドの王朝。
ポイントインド大反乱を鎮圧したイギリスは1858年にムガル帝国を滅ぼし、のちにインド帝国をつくった。
イギリスの支配への反感から、1857年にインド各地で起こった反乱。
ポイントイギリスに雇われたインド人兵士の反乱から始まり、各地に広がった。
1853年に浦賀へ来航し、日本に開国を求めたアメリカ東インド艦隊司令長官。
ポイント4隻の軍艦(黒船)で来航し、翌年再び来て条約を結ばせた。
1854年、ペリーの来航後に日本とアメリカが結んだ条約。
ポイント下田と函館を開き、アメリカ船に食料・水・燃料を補給することを認めた。貿易はまだ認めていない。
日米和親条約によって函館とともに開かれ、アメリカ領事館が置かれた港。
ポイント静岡県の伊豆半島にある。日米修好通商条約で神奈川(横浜)が開かれると閉じられた。
幕府の大老が朝廷の許可を得ず、1858年にアメリカと結んだ不平等条約。
ポイント函館・神奈川(横浜)・長崎・新潟・兵庫(神戸)の5港を開き、貿易が始まった。
日米修好通商条約で日本がアメリカに認めた、外国人が本国の領事による裁判を受ける権利。
ポイント1894年、陸奥宗光外相のときにイギリスとの間で撤廃された。
日米修好通商条約で日本に認められなかった、輸出入品の関税を自国で決める権利。
ポイント1911年、小村寿太郎外相のときに完全に回復した。
天皇を尊び、外国の勢力を排除しようとする考えが結びついて起こった運動。
ポイント長州藩は外国船を砲撃したが、翌年に4か国の艦隊から反撃を受け、攘夷が難しいことを知った。
安政の大獄で吉田松陰など幕府を批判する人々を処罰した大老。
ポイント彦根藩主。反対派を処罰したことで反感を買い、桜田門外の変で暗殺された。
安政の大獄に反発した元水戸藩士らが、井伊直弼を暗殺した事件。
ポイント1860年、江戸城の桜田門の外で起こった。幕府の権威は大きく低下した。
尊王攘夷運動の中心となり、高杉晋作や木戸孝允が実権をにぎった藩。
ポイント現在の山口県。吉田松陰の松下村塾で学んだ人々が倒幕で活躍した。
長州藩と薩摩藩が、坂本龍馬らの仲介で結んだ同盟。
ポイント1866年に結ばれた。対立していた両藩が手を組み、倒幕の動きが強まった。
江戸幕府の第15代将軍徳川慶喜が、政権を朝廷に返したできごと。
ポイント1867年、京都の二条城で発表された。約260年続いた江戸幕府が終わった。
大政奉還の直後に出された、天皇中心の政府を樹立することを示した宣言。
ポイント徳川慶喜には官職や領地の返上が求められ、旧幕府側の反発が戊辰戦争につながった。
1868年の鳥羽・伏見の戦いから始まった、新政府軍と旧幕府軍の戦い。
ポイント1869年、函館の五稜郭の戦いで旧幕府軍が降伏して終わった。
戊辰戦争中、江戸城開城について勝海舟と会談した薩摩藩出身の人物。
ポイント江戸城は戦わずに明け渡された(無血開城)。のちに西南戦争を起こした。
天皇が神に誓う形で新政府が出した、新しい政治の方針。
ポイント1868年に出され、会議を開いて世論に基づいて政治を行うことなどを示した。
1869年、藩主に土地と人民を天皇に返させた政策。
ポイント「版」は土地、「籍」は人民のこと。旧藩主がそのまま政治を行ったため、改革は不十分だった。
1871年、藩を廃止して県を置き、中央から府知事・県令を派遣した政策。
ポイント全国の土地と人民を政府が直接治める、中央集権国家の基礎となった。
薩摩・長州・土佐・肥前の四藩出身者や少数の公家が実権をにぎった政府の呼び名。
ポイントのちに「藩閥政府」とも呼ばれ、自由民権運動から批判を受けた。
新しい身分制度での百姓・町人の呼び名。
ポイント皇族以外は、公家・大名が華族、武士が士族、百姓・町人が平民とされた。
1871年、差別されてきた身分を廃止し、職業などを平民と同じとした布告。
ポイント制度の上では平等になったが差別は根強く残り、のちの全国水平社の運動につながった。
1872年、満6歳以上の男女を小学校に通わせることを定めた法令。
ポイント学校の建設費や授業料が負担となり、初めは反対する一揆も起きた。
1873年、満20歳の男性に兵役を義務づけた法令。
ポイント「国民皆兵」を目指したが、初めは長男などの免除が多く、反対の一揆も起きた。
地価を定めて地券を発行し、土地所有者に地価の3%を現金で納めさせた政策。
ポイント豊作・不作にかかわらず税収が安定した。負担が重く反対一揆が起き、1877年に2.5%に下げた。
交通・通信の整備や官営模範工場の建設など、近代産業の発展を図った政策。
ポイント群馬県の富岡製糸場が官営模範工場の代表例。1872年には新橋・横浜間に鉄道が開通した。
欧米の文化が盛んに取り入れられ、伝統的な生活が変化した風潮。
ポイント都市部では、れんが造りの建物やガス灯、洋服、太陽暦などが広まった。
「学問のすすめ」を著し、人間の平等を分かりやすく説いた人物。
ポイント「天は人の上に人を造らず」の言葉で知られる。慶應義塾を創設した。
不平等条約の改正交渉などのため1871年に欧米へ派遣された使節団。
ポイント大久保利通・木戸孝允・伊藤博文らが参加。条約改正はできず、欧米の制度や産業を視察した。
1871年、日本が清と対等な内容で結んだ条約。
ポイント日本が外国と結んだ初めての対等な条約。
1875年の江華島事件の翌年、日本が朝鮮と結んだ朝鮮に不平等な条約。
ポイント日本の領事裁判権を認めさせるなど、朝鮮にとって不平等な内容だった。
ロシアに樺太の領有権を認め、千島列島を日本領として国境を確定した条約。
ポイント1875年に結ばれた。翌年には小笠原諸島の領有も確定した。
北海道の開拓と防備のため、各地から移住した農業兼業の兵士。
ポイント政府は蝦夷地を北海道と改めて開拓使を置いた。アイヌの人々は土地や生活の場を奪われた。
軍事力を背景に、琉球藩を廃止して沖縄県を設置したできごと。
ポイント1879年に沖縄県が設置された。
1874年、板垣退助らが提出した、議会開設を求める建白書。
ポイント薩長出身者が中心の政府を批判し、国民が選んだ議員による議会を求めた。自由民権運動の出発点。
国民が政治に参加する権利の確立を目指した運動。
ポイント高まりを受けて、政府は1881年に10年後の国会開設を約束した。
1877年、西郷隆盛を中心に鹿児島の士族などが起こした反乱。
ポイント徴兵令でつくられた政府軍に敗れ、これ以降、政府への批判は言論による自由民権運動が中心になった。
自由民権運動が高まる中、1880年に全国の代表者が大阪で結成した組織。
ポイント全国から国会開設を求める署名を集め、政府に請願しようとした。
1881年、板垣退助を党首として結成された政党。
ポイントフランス流の急進的な自由主義を主張した。
早期の国会開設を要求し、後に立憲改進党を結成した人物。
ポイント立憲改進党はイギリス流の議会政治を目指した。東京専門学校(現在の早稲田大学)も創設した。
1889年2月11日、天皇が国民に与える形で発布された憲法。
ポイント伊藤博文がドイツ(プロイセン)の憲法を参考に草案をつくった。主権は天皇にあった。
大日本帝国憲法に基づいて設置された、衆議院と貴族院からなる議会。
ポイント1890年に第1回が開かれた。衆議院の選挙権は、直接国税15円以上を納める満25歳以上の男子だけだった。
1890年に出された、忠君愛国の道徳や教育の方針を示したもの。
ポイント忠君愛国は「天皇に忠義をつくし、国を愛する」という意味。戦後は教育基本法に代わった。
19世紀後半、欧米列強が資源や市場を求め、軍事力でアジア・アフリカを植民地化した動き。
ポイント列強はアフリカのほとんどを分割した。日本も日清・日露戦争を経てこの動きに加わった。
日本の近代化のため、ヨーロッパの制度や文化を取り入れようとした政策。
ポイント外務卿の井上馨は鹿鳴館で舞踏会を開いたが、条約改正には結びつかなかった。
ノルマントン号事件の後、1894年にイギリスとの領事裁判権撤廃に成功した外相。
ポイントノルマントン号事件では、日本人乗客を見殺しにしたイギリス人船長が軽い罰ですみ、改正を求める声が高まった。
1894年、東学を信仰する農民たちが朝鮮半島南部で起こし、日清戦争のきっかけとなったできごと。
ポイント鎮圧のため清と日本が出兵し、両国の対立から日清戦争が始まった。
1895年に結ばれた日清戦争の講和条約。
ポイント清は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾などを日本にゆずり、多額の賠償金を支払った。
日清戦争後、遼東半島を清に返すようロシア・ドイツ・フランスが日本に勧告したできごと。
ポイント日本は返還に応じたが、その後ロシアが旅順・大連を租借したため、ロシアへの反感が強まった。
北京で列強に反発して蜂起した集団が、日本を含む連合軍に鎮圧された事件。
ポイント「扶清滅洋」を唱えた。事件後もロシアが満州に大軍を残したため、日本との対立が深まった。
ロシアに対抗するため、1902年に日本がイギリスと結んだ同盟。
ポイントロシアの南下を警戒するイギリスと利害が一致した。1904年に日露戦争が始まった。
韓国における日本の優越権などを認めた、日露戦争の講和条約。
ポイントアメリカの仲介で結ばれた。賠償金が得られなかったため、日比谷焼き打ち事件が起きた。
1905年に置かれた韓国統監府の初代統監に就任した人物。
ポイント初代内閣総理大臣でもある。1909年、韓国の独立運動家の安重根に暗殺された。
1910年、日本が韓国を統治下に置いたこと。
ポイント学校では日本語や日本の歴史が教えられ、土地調査で土地を失う朝鮮の人々も多かった。
韓国併合後、日本が韓国で植民地支配を進めるために設置した機関。
ポイント武力で抵抗をおさえる「武断政治」が行われた。
満州南部に勢力を広げた日本が設立した半官半民の会社。
ポイント1906年に設立され、鉄道だけでなく炭鉱などの経営も行った。
孫文が唱えた、「民族・民権・民生」からなる革命の指導理論。
ポイント民族の独立(民族)、民主政治の実現(民権)、民衆の生活の安定(民生)を目指した。
孫文が指導し、清を倒して中華民国が建国された革命。
ポイント1911年に始まり、翌1912年に孫文を臨時大総統とする中華民国がつくられた。
日清戦争後、北九州に建設された官営の製鉄所。
ポイント下関条約で得た賠償金の一部を使って建設され、1901年に操業を始めた。
三井・三菱・住友・安田など、多くの業種に進出して日本経済を支配した大資本家の集団。
ポイント第二次世界大戦後、GHQの指令による財閥解体で解体された。
足尾銅山鉱毒事件に対し、操業停止を求める運動を進めた衆議院議員。
ポイント栃木県の足尾銅山の鉱毒で、渡良瀬川流域の農民が被害を受けた。議員を辞め、天皇に直訴しようとした。
「読書」などを描き、印象派の明るい画風を紹介した洋画家。
ポイントフランスに留学して西洋画を学んだ。代表作に「湖畔」もある。
夏目漱石と並び称され、「舞姫」などの小説を著した文学者。
ポイント陸軍の軍医でもあり、ドイツ留学の経験をもとに「舞姫」を書いた。
黄熱病の研究などで世界的に知られた細菌学者。
ポイントアフリカで黄熱病を研究中に、自らも感染して亡くなった。
1907年にイギリス・フランス・ロシアによって結ばれた協商関係。
ポイント三国同盟と対立し、バルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれた。
1882年にドイツ・オーストリア・イタリアによって結ばれた同盟関係。
ポイント1914年のサラエボ事件をきっかけに第一次世界大戦が始まった。イタリアは途中で連合国側についた。
第一次世界大戦のように、国民・経済・資源・科学技術まで動員された戦争。
ポイント戦車・飛行機・毒ガスなどの新兵器が使われ、女性も工場などで働いた。
労働者のストライキや兵士の反乱が続いたロシアで、1917年に起こった社会主義革命。
ポイント皇帝が退位し、レーニンの指導で社会主義の政府が成立した。
ロシア革命を指導し、社会主義革命を実現した人物。
ポイント革命後、ドイツと単独で講和して第一次世界大戦から離脱した。
社会主義の拡大を恐れた日本などの列強が、ロシアに対する干渉戦争でシベリアへ軍を送ったこと。
ポイント1918年に始まった。出兵を見こした米の買い占めで米価が上がり、米騒動が起こった。
1922年に成立した、世界初の社会主義国家。
ポイントレーニンの死後、スターリンが独裁的な政治を行った。
財産の共有によって貧富の差のない社会を生み出そうとする思想。
ポイント社会主義をさらに進めた考え方で、ソ連や中国の共産党はこの思想に基づく国づくりを進めた。
スターリンが始めた、重工業の増強と農業の集団化を進める計画経済。
ポイント計画経済のソ連は世界恐慌の影響を受けずに成長したが、反対する人々は厳しく弾圧された。
パリ講和会議で結ばれた、第一次世界大戦の講和条約。
ポイント1919年に結ばれた。ドイツはすべての植民地を失い、巨額の賠償金を課された。
1920年に発足した、世界平和と国際協調を目的とする国際機構。
ポイント本部はスイスのジュネーブ。アメリカは議会の反対で加盟せず、新渡戸稲造が事務局次長を務めた。
国際連盟の設立の基となる提案をしたアメリカ大統領。
ポイント「十四か条の平和原則」で、国際機関の設立や民族自決などを唱えた。
ウィルソンが唱えた、民族が自分の政治のあり方を自ら決めるという原則。
ポイント東ヨーロッパの多くの国が独立したが、アジアやアフリカの植民地には適用されなかった。
1921年から開かれ、海軍の軍備制限や太平洋地域の現状維持などを確認した会議。
ポイントこの会議で日英同盟が解消され、中国の主権を尊重することも確認された。
1919年にドイツで制定され、労働者の基本的権利などを定めた憲法。
ポイント生存権などの社会権を初めて保障した、当時最も民主的といわれた憲法。
1915年に日本が中国に示した、中国の主権を侵害する内容の要求。
ポイント大隈重信内閣が出し、山東省のドイツの権益を日本が引き継ぐことなどを認めさせた。
1919年5月4日、北京の学生集会から始まった反日・反帝国主義運動。
ポイントパリ講和会議で、山東省の権益の返還が認められなかったことがきっかけ。
植民地支配に反対し、インドの自治を求めて非暴力・不服従運動を行った人物。
ポイントイギリスは大戦後の自治を約束していたが、守られなかった。
憲法に基づく政治を守ることをスローガンに、桂太郎内閣を倒した運動。
ポイント1912〜13年、尾崎行雄や犬養毅らが中心となった。
第一次世界大戦によって日本にもたらされた好景気。
ポイント輸出が増えて急に金持ちになった「成金」が生まれた一方、物価が上がり庶民の生活は苦しくなった。
1918年に富山県から始まり、全国に広がった米の安売りを求める騒動。
ポイント軍隊が出動して鎮圧したが、寺内正毅内閣は責任をとって退陣した。
米騒動後に内閣総理大臣となり、「平民宰相」と呼ばれた人物。
ポイント立憲政友会の総裁。陸軍・海軍・外務大臣以外を政友会の党員で組織した。
大正時代に民主主義が強く唱えられた風潮。
ポイント護憲運動や普通選挙を求める運動、さまざまな社会運動が広がった。
吉野作造が唱えた、一般民衆の意向に沿った政治を求める主張。
ポイント政治の目的を民衆の幸福におき、政党内閣や普通選挙の実現を主張した。
大戦中の経済発展で増加した労働者が起こした、ストライキなどの運動。
ポイント1920年には、日本で初めてのメーデーが行われた。
農村で小作人が、小作料の減額などを求めた運動。
ポイント1922年に日本農民組合が結成された。
1922年、被差別部落の人々が差別からの解放を目指して結成した組織。
ポイント「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と結ばれる水平社宣言を出した。
青鞜社を組織し、女性の地位向上を求める運動を進めた人物。
ポイント「元始、女性は実に太陽であった」と宣言した。市川房枝らと新婦人協会もつくった。
1925年、満25歳以上のすべての男性に選挙権を認めた法律。
ポイント加藤高明内閣が成立させた。有権者は約4倍に増えたが、女性の選挙権は1945年まで認められなかった。
1925年、天皇制や私有財産制を否定する運動を取り締まるために制定された法律。
ポイント普通選挙法と同じ年に成立した。のちに社会運動全体の取りしまりにも使われた。
1925年に始まり、大衆文化の普及に大きな影響を与えた放送。
ポイント新聞・雑誌も発行部数を伸ばし、映画や野球も人気を集めた。
「羅生門」などの小説を書いた大正時代の文学者。
ポイント「鼻」「蜘蛛の糸」などの短編で知られ、芥川賞の名前のもとになった。
1923年9月1日に発生し、東京や横浜に大被害を与えた大地震。
ポイント混乱の中で、朝鮮人や中国人が多数殺害される事件も起きた。
1929年のニューヨーク株式市場の株価大暴落から世界に広がった深刻な不景気。
ポイント銀行や工場の倒産が相次ぎ、大量の失業者が出た。
世界恐慌に対し、アメリカのルーズベルト大統領が行った公共事業などの政策。
ポイントダムの建設などで失業者を雇い、労働組合も保護した。
世界恐慌後、イギリスなどが本国と植民地の関係を強めて他国の商品を排除した経済政策。
ポイント植民地の少ないドイツ・イタリア・日本は、侵略によって経済の行きづまりを打開しようとした。
議会制政治を否定し、独裁的な政治で対外侵略を進める思想や体制。
ポイント個人の自由や民主主義より、民族や国家の利益を最優先した。
イタリアでファシスト党を結成し、独裁政治を行った人物。
ポイント1922年に政権をにぎり、1936年にはエチオピアを併合した。
ドイツでナチ党を率い、独裁政治とユダヤ人迫害を進めた人物。
ポイント1933年に政権をにぎり、ベルサイユ条約を無視して軍備を拡張した。
大正末期から、憲政会と立憲政友会の党首が交互に内閣を組織した政治の慣行。
ポイント1932年の五・一五事件で犬養毅首相が暗殺され、この慣行は終わった。
1930年ごろの日本で起こり、農村にも深刻な打撃を与えた恐慌。
ポイント生糸の輸出が激減して繭の値段が下がり、東北では娘の身売りや欠食児童が問題となった。
中国国民政府を率い、北伐を進めて中国の統一を目指した人物。
ポイント1927年に南京に国民政府をつくり、翌1928年に北伐を終えて中国をほぼ統一した。
1931年、南満州鉄道の線路爆破をきっかけに日本軍が満州を占領したできごと。
ポイントこの線路爆破事件は柳条湖事件と呼ばれる。
満州事変を起こし、日本政府の方針を無視して戦線を拡大した日本陸軍の部隊。
ポイント「関東」は中国の遼東半島の先端部(関東州)のこと。
1932年、日本が清の最後の皇帝溥儀を元首として建国した国。
ポイント国際連盟は満州国を認めず、日本は1933年に国際連盟を脱退した。
1932年、海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺した事件。
ポイントこれ以降、軍人などが首相となり、太平洋戦争後まで政党内閣は復活しなかった。
政党の党首が内閣総理大臣となり、政党を中心に組織された内閣。
ポイント原敬内閣が初の本格的な政党内閣。1924〜32年は二大政党の党首が交互に内閣を担当した。
1936年、陸軍の青年将校らが大臣などを殺傷し、東京中心部を占拠した事件。
ポイント反乱は鎮圧されたが、その後、軍部の政治への発言力はいっそう強まった。
1937年の盧溝橋事件をきっかけに始まった、日本と中国の全面的な戦争。
ポイント日本軍は首都の南京を占領し、その際に捕虜や住民を多数殺害した(南京事件)。
中国共産党を指導し、日本への抗戦を進めた人物。
ポイント1949年に中華人民共和国を成立させた。
日中戦争で、中国国民党と中国共産党が結成した日本に対抗する統一戦線。
ポイント内戦をしていた国民党と共産党が協力した。アメリカ・イギリスなども中国を支援した。
1938年、議会の承認なしに国民や物資を戦争に動員できるようにした法律。
ポイント生活必需品は配給制や切符制となり、「ぜいたくは敵だ」の標語が掲げられた。
1940年に近衛文麿を総裁として結成され、政党や政治団体を合流させた組織。
ポイント政党は解散してこれに合流し、議会は政府の方針を承認するだけの機関になった。
日本が朝鮮や台湾などで進めた、日本語や神社参拝を強制し日本人化を図る政策。
ポイント朝鮮では、姓名を日本式に改めさせる創氏改名も行われた。
東方へ侵略を進めていたドイツが、それまで対立していたソ連と結んだ条約。
ポイント1939年8月に結ばれ、その直後にドイツはポーランドに侵攻した。1941年、ドイツは条約を破ってソ連に侵攻した。
1939年、ドイツのポーランド侵攻によって始まった世界戦争。
ポイントイギリス・フランスがドイツに宣戦布告した。ドイツは翌1940年にフランスを降伏させた。
1940年、ドイツ・イタリア・日本が結んだ軍事同盟。
ポイントアメリカとの対立が深まり、太平洋戦争へとつながった。
1941年、ルーズベルトアメリカ大統領とチャーチルイギリス首相が発表した戦後の平和構想。
ポイント領土を拡大しないことや民族自決などを示し、のちの国際連合の基礎になった。
ドイツ・イタリア・日本など、反ファシズムの連合国と対立した国々。
ポイント対する連合国は、アメリカ・イギリス・ソ連・中国など。
ヨーロッパ各地で行われた、ドイツの支配に対する武力や文化による抵抗運動。
ポイントフランスなどで、ドイツの占領に対して行われた。
1941年、北方の安全を確保するために日本がソ連と結んだ条約。
ポイント1945年8月、ソ連はこの条約を破って日本に宣戦布告した。
日本が唱えた、欧米の植民地支配を打破し、アジア民族だけで繁栄を目指すとした構想。
ポイント実際には占領地で資源を奪い、住民に労働を強制したため、各地で抵抗運動が起きた。
1941年、日本軍のハワイ真珠湾への攻撃などをきっかけに始まった戦争。
ポイント同じ日にイギリス領のマレー半島にも上陸した。1942年のミッドウェー海戦の敗北以降、形勢が不利になった。
徴兵を猶予されていた大学生などが、戦時下で軍隊に召集されたこと。
ポイント1943年から始まった。
中学生・女学生・未婚女性などが軍需工場などで働かされたこと。
ポイント労働力不足を補うため。朝鮮や中国からも多くの人が日本に連れてこられ、鉱山などで働かされた。
空襲が激しくなり、都市の小学生が農村へ集団で移り住んだこと。
ポイント1944年から本格的に始まった。
1945年3月、東京の都市部に対して行われ、大きな被害を出した空襲。
ポイント3月10日の夜、焼夷弾による爆撃で約10万人が亡くなった。
1945年3月にアメリカ軍が上陸し、民間人を巻き込む激しい地上戦となった戦い。
ポイント中学生や女学生も動員され、県民の約4人に1人が犠牲になったといわれる。
1945年8月6日に広島、9日に長崎へ投下され、壊滅的な被害を与えた兵器。
ポイント広島では、その年のうちに約14万人が亡くなったとされる。
ソ連がアメリカ・イギリスと対日参戦の秘密協定を結んだ会談。
ポイント1945年2月に行われた。ソ連はドイツ降伏の3か月後に対日参戦することを約束した。
1945年8月14日、日本が受諾し、降伏を決めた宣言。
ポイント同年7月、アメリカ・イギリス・中国の名で発表され、軍隊の解散や民主化などを求めた。
1945年8月15日、昭和天皇が日本の降伏を国民に知らせたラジオ放送。
ポイント多くの国民が、このとき初めて天皇の声を聞いた。
日本の占領政策を進めた連合国軍最高司令官総司令部のアルファベット略称。
ポイントGeneral Headquartersの略。日本政府に指令を出す間接統治の方法がとられた。
GHQの最高司令官を務めた人物。
ポイント非軍事化と民主化を基本方針として、さまざまな改革を進めた。
連合国が「戦犯」とみなした日本の軍人や政治家を東京で裁いた裁判。
ポイント1946年から開かれ、東条英機元首相らが死刑となった。
三井・三菱などの大資本家を解体し、経済の民主化を図った改革。
ポイント1947年には独占禁止法も制定された。
地主の農地を政府が買い上げ、小作人に安く売り渡した改革。
ポイント地主の力は弱まり、農村の民主化が進んだ。
農地改革によって多く生まれた、自分の土地を所有して耕作する農民。
ポイント改革前は、小作地が農地の約半分を占めていた。
1946年11月3日に公布され、翌年5月3日に施行された憲法。
ポイント国民主権・基本的人権の尊重・平和主義が三大原則。天皇は日本国と国民統合の象徴とされた。
日本国憲法の三大原則の一つで、戦争の放棄を定めた原則。
ポイント第9条で、戦争の放棄と戦力を持たないことを定めている。
教育勅語に代わり、民主的な教育の基本方針を示した法律。
ポイント1947年に制定され、同じ年の学校教育法で義務教育が小・中学校の9年間になった。
1945年、二度の世界大戦への反省から連合国が作った国際組織。
ポイント本部はニューヨーク。安全保障理事会の常任理事国は拒否権を持つ。日本は1956年に加盟した。
1949年、アメリカを中心とする西側諸国が結成した軍事機構。
ポイント東側は1955年にワルシャワ条約機構をつくって対抗した。
第二次世界大戦後、アメリカとソ連を中心とする東西両陣営が続けた激しい対立。
ポイント資本主義の西側と社会主義の東側が、直接の戦争はしないまま対立した。1989年に終結が宣言された。
1949年に成立した、共産党の毛沢東を主席とする国。
ポイント内戦に敗れた国民党の蔣介石は、台湾にのがれた。
南北に分断された朝鮮半島のうち、アメリカの支援を受けて南側に成立した国。
ポイント北側にはソ連の支援を受けて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立した。どちらも1948年。
1950年、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の間で始まった戦争。
ポイント北朝鮮が北緯38度線をこえて侵攻し始まった。1953年に休戦協定が結ばれた。
朝鮮戦争の際、アメリカ軍向けの物資を大量生産することで日本にもたらされた好景気。
ポイントこれをきっかけに、日本の経済は戦前の水準まで回復していった。
GHQの指令で作られた警察予備隊が強化され、1954年に発足した組織。
ポイント警察予備隊は、朝鮮戦争が始まった1950年につくられた。
1951年、日本がアメリカなど48か国と結んだ講和条約。
ポイント1952年に発効して日本は独立を回復したが、沖縄や小笠原諸島はアメリカの統治下に残った。
サンフランシスコ平和条約と同時にアメリカと結び、日本にアメリカ軍基地を残すことを認めた条約。
ポイント1960年の改定のときには、反対する大規模な運動(安保闘争)が起きた。
サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約に調印した内閣総理大臣。
ポイント戦後、長く首相を務め、経済の復興を優先した。
1955年に結成された自由民主党が、38年間政権を取り続けた政治体制。
ポイント野党第一党の日本社会党と対立した。1993年に非自民の連立内閣が成立して終わった。
1955年、植民地支配から独立したアジア・アフリカ諸国が参加し、平和共存を唱えた会議。
ポイントインドネシアのバンドンで開かれた。1960年は多くの国が独立し「アフリカの年」と呼ばれる。
1965年からアメリカが軍事介入を本格化し、激化したアジアの戦争。
ポイント沖縄の基地がアメリカ軍の出撃に使われた。1973年に和平協定が結ばれ、アメリカ軍は撤退した。
1956年、鳩山一郎内閣がソ連と調印し、国交を回復させた宣言。
ポイントソ連の支持を得て、日本は同じ年に国際連合に加盟した。北方領土問題は今も解決していない。
1965年、日本と韓国の間で結ばれた条約。
ポイント佐藤栄作内閣が結び、韓国を朝鮮半島にある唯一の合法的な政府と認めた。
日中共同声明の後、1978年に結ばれた、日本と中国の友好関係を約束した条約。
ポイント1972年の日中共同声明で、すでに国交は正常化していた。
沖縄の日本復帰の過程で示された、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする国の方針。
ポイント佐藤栄作首相が示した。沖縄は1972年に日本に復帰した。
日本経済が1955年から1973年まで年平均10%程度の成長を続けたこと。
ポイント1964年には東京オリンピックが開かれ、東海道新幹線が開通した。
大気汚染や水質汚濁などの公害問題に対応するため、1967年に制定された法律。
ポイント水俣病・新潟水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそくは四大公害病。1971年に環境庁ができた。
1973年、石油価格が大幅に上昇し、世界の経済が混乱したできごと。
ポイント第四次中東戦争がきっかけ。これにより日本の高度経済成長は終わった。
1975年以降、主要国の首脳が国際経済などを話し合う会議のカタカナの呼び名。
ポイント石油危機後の世界経済を話し合うため、1975年にフランスで初めて開かれた。
1993年、ECが発展して成立した、ヨーロッパの統合を目指す組織。
ポイント共通通貨のユーロが多くの加盟国で使われている。
1980年代後半の日本で発生した、株価と地価が異常に高くなった不健全な経済状態。
ポイント1991年ごろに崩壊し、その後の長い不況は「失われた10年」と呼ばれた。
温室効果ガスの濃度上昇により、海面上昇などを引き起こす地球環境問題。
ポイント1997年に京都議定書、2015年にパリ協定が採択され、温室効果ガスの削減が目指されている。
2011年3月11日に日本で発生し、地震・津波・原子力発電所事故により大きな被害を出した災害。
ポイント東北地方の太平洋沿岸を中心に大津波がおそい、福島第一原子力発電所で事故が起きた。
2015年の国連サミットで採択された、2030年までに達成すべき持続可能な社会の世界目標。
ポイント貧困や飢餓をなくすこと、気候変動への対策など、17の目標がある。
1716年から1745年にかけて、第8代将軍徳川吉宗が行った政治改革。
ポイント見分け方:徳川吉宗・目安箱・公事方御定書・上げ米とセットで覚える。三大改革で最初。
1787年から1793年にかけて、老中松平定信が行った政治改革。
ポイント見分け方:老中松平定信。田沼意次の政治の後を受け、幕府の学校で朱子学以外の講義を禁じた(寛政異学の禁)。
1841年から1843年にかけて、老中水野忠邦が行った政治改革。
ポイント見分け方:老中水野忠邦。株仲間の解散や上知令。三大改革でいちばん短く、約2年で失敗した。
17世紀後半から18世紀初め、京都・大阪の上方を中心に発達した町人文化。
ポイント見分け方:上方(京都・大阪)が中心。松尾芭蕉・近松門左衛門・井原西鶴・菱川師宣が代表。
19世紀前半、江戸を中心に発達した町人文化。
ポイント見分け方:江戸が中心。十返舎一九・葛飾北斎・歌川広重・小林一茶が代表。文化・文政の年号が名前の由来。
1854年、アメリカのペリーと江戸幕府が結び、下田・函館を開港した条約。
ポイント見分け方:和親=1854年・2港・貿易なし。通商(1858年・5港・貿易開始)と区別する。
1858年、江戸幕府がアメリカと結び、五港を開いた不平等条約。
ポイント見分け方:通商=1858年・5港・貿易開始・不平等(領事裁判権を認め、関税自主権がない)。
議会の開設と、国民が政治に参加する権利の確立を目指した運動。
ポイント見分け方:明治の運動。1874年の民撰議院設立の建白書から始まった。大正の護憲運動と時代が違う。
桂太郎内閣を倒し、憲法に基づく政治を守ることを求めた運動。
ポイント見分け方:大正の運動(1912〜13年)。明治の自由民権運動とは時代が違う。
1894年、朝鮮半島で起こった農民の反乱で、日清戦争のきっかけとなったできごと。
ポイント見分け方:朝鮮・1894年・日清戦争の前。中国で日清戦争後に起きた義和団事件と区別する。
1899年、中国で反外国運動の団体が蜂起し、翌年に連合軍に鎮圧された事件。
ポイント見分け方:中国・日清戦争の後。鎮圧後もロシアが満州に残ったことが日露戦争につながった。
1895年に結ばれた日清戦争の講和条約。
ポイント見分け方:日清戦争の講和条約で、賠償金あり。日露戦争のポーツマス条約は賠償金なし。
1905年に結ばれた日露戦争の講和条約。
ポイント見分け方:日露戦争の講和条約で、アメリカの仲介。賠償金は得られなかった。
1920年に設立された、世界初の国際平和機構。
ポイント見分け方:本部ジュネーブ・アメリカは不参加・全会一致制で、制裁は経済制裁が中心。
二度の世界大戦への反省から、1945年に設立された国際平和機構。
ポイント見分け方:本部ニューヨーク・アメリカもソ連も参加・多数決制で、軍事的な制裁もできる。
1919年、日本の植民地支配に反対して朝鮮で起こった独立運動。
ポイント見分け方:朝鮮(京城=現在のソウル)で「独立万歳」を叫んだ。同じ1919年の中国の五・四運動と区別する。
1919年、中国で起こった反日・反帝国主義運動。
ポイント見分け方:中国の北京から。二十一か条の要求の取り消しなどを求めた。
世界恐慌に対して、アメリカが公共事業を起こすなどした政策。
ポイント見分け方:アメリカ=公共事業で国内の仕事を増やす。イギリスなどのブロック経済と区別する。
世界恐慌に対して、イギリスなどが植民地との関係を強めた政策。
ポイント見分け方:イギリス・フランス=植民地と経済を囲いこみ、外国の商品に高い関税をかけた。
1932年、海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺し、政党内閣が終わった事件。
ポイント見分け方:1932年・海軍の将校・犬養毅首相。二・二六事件は1936年・陸軍。
1936年、陸軍の青年将校らが大臣などを殺傷し、東京中心部を占拠した事件。
ポイント見分け方:1936年・陸軍の将校。五・一五事件は1932年・海軍。
1955年から1973年まで、日本が年平均10%程度の経済成長を続けたこと。
ポイント見分け方:1955〜73年、石油危機で終わった。1980年代後半のバブル経済と区別する。
1980年代後半、日本で株価や地価が急上昇し、1991年ごろに崩壊した経済状態。
ポイント見分け方:1980年代後半〜1991年ごろ。株や土地の値段が実態以上に上がった。高度経済成長とは時代が違う。
第1分野 · 中世〜16世紀
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